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中曽根康弘 元首相 死去に際して

 中曽根康弘元首相のご冥福を心よりお祈り申し上げます
   実は 大腸がん検診は1988年 中曽根内閣の時代に始りました。中曽根内閣は がん撲滅を宣言して 対がん5年計画を作成していました。その一環に 大腸がん検診がありました。

 当時 日本における大腸がん死亡者数はうなぎ登り。1975年に5,000人 1980年には10000人 1985年には20000人 1990年には40000人と増加。大腸がん予防は まさに喫緊の課題だったのです。
 折しも 抗ヒトヘモグロビン抗体による便潜血検査法が 開発されて、それまでの鉄検出法による偽陽性の問題が克服され、1988年、中曽根内閣主導で 抗ヒトヘモグロビン抗体による大腸がん検診が始まったのです。
 当時 私は29歳、独自の無痛大腸内視鏡挿入法を開発したばかりで、便潜血陽性患者を数多く引き受けることになりました。振り返って見ると それは、以来18万個の大腸ポリープを取る、事始めでした。
 戦争を体験した世代の政治家は、科学技術を重んじていました。原爆投下、科学技術の発展の遅れが、敗戦につながったとの認識が骨身に染みていて、科学よりもコンプライアンス(法令遵守)が大切などとは考えていませんでした。
 科学技術の競争が、国の盛衰を大きく左右するのは今でも同じです。科学技術の進歩を推進して、進んだ科学技術を国民がひろく享受できるように、法令を時代に合わせて速やかに変更する。今の日本を強くする 政治課題の一つだと思います。
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1988年当時のレーガン大統領と中曽根首相