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日本維新の会

東京5区 - 医師

たぶち正文

活動報告

ポリシー
  • 身を切る改革を含む政治改革
    まず議員が身を切る改革を実践し覚悟を示す。
  • 徹底した行革
    議員は身を切り、行政は無駄を省く。
  • 徴税と社会保険料の徴収を一元化し、行政の効率化を図りつつ納税者の公平・公正感を醸成する。
  • 経済格差が教育格差とならぬよう教育機会平等社会を実現する。
  • 規制緩和を断行し、新たな民間活力を育成し産業の振興と経済の活性化を図る。
  • 政権を担える政党として現実的な外交と安全保障政策を展開する。

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たぶち正文

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たぶち正文のプロフィール

プロフィール
誕生日
1958年(昭和33年) 6月 25日
出身地
岡山県岡山市
家族構成
母、妻、2男、3女の父
特技・趣味
将棋(東大将棋部レギュラーとして(主将、副将、5将)団体戦全国優勝3回、東大名人2回)
たぶち正文の経歴
1956年
岡山県岡山日赤病院にて生まれる
1971年
岡山市達弘西小学校 卒業
1974年
岡山大学教育学部付属中学校 卒業
1977年
岡山県立岡山芳泉高等学校 卒業
1978年
東京大学理科Ⅲ類 入学
1984年
東京大学医学部医学科 卒業, 医師国家試験 合格
東京大学医学部付属病院内科系研修医
1986年
国家公務員等共済組合東京共済病院内科
1989年
同 内科医長
1991年
中目黒消化器クリニック開業
東京共済病院内科 兼務(~1995年)
1996年
東京女子医大(非常勤講師) 兼任(~2003年)
1997年
東京大学医科学研究所講師 兼任(~2002年)
2002年
東京大学腫瘍外科講師 兼務(~2012年)
2014年
内閣府独立行政法人日本医療研究開発機構客員調査員 兼務
役職

日本消化器内視鏡学会 会員・指導医

医療法人社団至楽生会 理事長

中目黒消化器クリニック 院長

がん撲滅の会 理事長

たぶち正文

がんの早期発見と治療に世界的貢献

大腸腫瘍には隆起型のものばかりではなく平坦・陥凹型も多数あることを発見。そして、隆起型や平坦・陥凹型のがん遺伝子が異なることを発見。
内視鏡的粘膜切除術を大腸に初めて応用し、多数の陥凹型大腸腫瘍を完全な形で内視鏡的に切除。拡大電子内視鏡をもちいたピットパターン診断法を開発。
84年医師国家試験に合格して、消化器分野の専門医師としてのキャリアをスタート。87年無痛内視鏡検査法としてストレイト法を、89年には拡大内視鏡の開発を行い、僅か1㎜のガンも臨床診断、内視鏡下で切除できる方法を開発した。89年には東京共済病院の内科医長に抜擢され、30代の頃より消化器内視鏡の分野では日本の第一人者として活躍。その後も大腸内視鏡分野での研鑽を積み、92年には世界で初めて電子内視鏡を用いたピットパターン診断に関する論文を発表、この分野では世界的に注目される存在となった。96年には内視鏡で大腸逢着に成功、内視鏡的粘膜下層剥離術開発に繋がる術式を開発した。大腸で磨いた技術と色素拡大内視鏡の技術を応用し、上部消化管内視鏡検査にも積極的に取組み、ピロリ菌除去によるガン撲滅を推奨している。パレット腺癌の発見方法については世界的にも注目され、世界中の大学で講演や内視鏡のライブデモを行った。
91年に中目黒消化器クリニックを開業し、数多くの臨床をこなすと同時に東京大学・東京女子医大等の講師として後進の育成にも積極的に取組み、内視鏡技術を学んだ多くの医師が現在では名医として活躍中である。

公式ブログ

メッセージ

拝啓 立春の候、ご清栄のこととお慶び申し上げます。平素よりご高配を賜り厚くお礼申し上げます。
さて、私は「病気を治し命を救う」の信念のもと三十六年間、医師を続けて参りました。
がん撲滅のため早期発見について世界的な業績を積み重ね、母校東京大学の講師になりました。二〇〇〇年代始め、母校を代表して平成の両陛下の内視鏡検査を拝命いたしました。
一方で長年、医学の進歩と現場の不整合性に悩んで参りました。ピロリ菌が胃がんの原因だと言われてから、ピロリ菌除菌療法が保険医療として認められるまで十年以上かかりました。せっかくわかった新たな医療を政治が許さない、そのため、十数万人もの人たちが毎年死んでいく、このような現状をなんとかしなければ日本がどんどん駄目になる、このように問題意識をずっと抱いて、現場の医師を続けて参りました。
しかし、医師としてできることは限られているため、七年前から、政治の勉強を始めました。
私が医師を始めた一九八四年、日本は世界第二位の経済大国となり、さらに上を目指して国全体に活力がみなぎっていました。今はどうでしょう。再起した米国や、活力溢れるの中国の後ろにいます。
以上の経緯で、学芸大学駅前に政策事務所を開設しました。ここを現行の医療制度問題のみならず、「日本を強くするため」「日本が発展していくための最前線」にしたいと思います。国が弱れば満足な医療も医学の発展もありません。
政治家としてはまだまだ未熟な私ですが、皆様のご指導ご鞭撻を糧として、この地から明日の日本を切り開いていきたいと考えております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。 敬具

令和二年二月吉日